教主様とまゆみ奥様、真明様は9月21日、長野教会の信徒との夕食懇親会にご出席されました。参加した信徒は、教主様とまゆみ奥様、真明様と直接お話できる機会とあって、お席の近くで様々な質問をしたり歓談したりするなど、貴重なひとときを過ごしました。

翌22日の午前中には、長野市内の「しなのき」で、おひかり拝受式が厳かに執り行われ、約130人が参集。教主様が「おひかり」を新規入信者に親授されました。

引き続き同会場で「教主様と思いを共にする長野信徒の集い」が開催されました。はじめに教主様ご先達のもと、天津祝詞を全員で奏上し、教主様よりご浄霊をいただいた後、教主様が「はじめのお言葉」を述べられました。

続いて加藤地区本部長が、「本日賜りますお言葉を魂に刻み、次への学びと実践に生かしてまいります。神様の子ども・メシヤとして新しく生まれる訓練として、勇気をもって教主様と共に歩ませていただくことをお誓いします」と教主様へお礼と誓いの言葉を述べました。

続いて白澤代表が挨拶に立ち「いづのめ教区に移籍したいという同意書の数は、今や17,000世帯に近づき、今なお、全国から本部事務所に届けられています。皆様の尊い信仰に対して心より感謝申し上げます」「教主様から賜りますお言葉を魂に深く受け止め、明主様と共にあるメシヤの御名にあって、私どものすべてを委ね、全く新しい段階に入ったご神業に明るく楽しく、そして力強くお仕えさせていただきましょう」と述べました。

続く質疑応答では、教主様は5人からの質問に対して、時間をかけ丁寧にご教導くださいました。

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<質問>

姉が病気で目がほとんど見えなくなり、外出もできなくなりました。祈っておりますが、何も変わりません。

<教主様お言葉>(一部)

神様が、どうしてもあなたにその役を担ってほしいんだよ、とお姉さんを選んでお使いくださってるんですね。全人類を赦して救いたいんですね。その方に、どうしてもそのお役目があるんです。「あなたじゃないとできないから、その役を担ってくれないか」と。世の中を見る目以外に、霊の目と体と口をいただいているんです。神様の目と耳と口をいただいているんです。この目は、本当は神様を拝するための目ですね。耳は、神様の声を聞く耳ですね。それを我々はいただいているんです。世の中に目が悪い人、耳が悪い人はたくさんいますよね。その方々に救いがないんだというと悲しいですよね。だから本当は、あなたの中に、私を見る目が、神様を拝することのできる霊の目があるよ、霊の耳があるよとおっしゃっていると思うんです。

表面的な変化はないかもしれないけれども、必ず私どもの中側を成長させてくださっているんです。神様の子どもとして迎えてくださって、本当の喜びを味わうようにさせてくださっている。体の中側では、神様の子どもとして新しく生まれるためにどんどん成長しているんです。感じないかもしれけれども、そういうふうに思っていただきたいと思います。

<質問>

長年、姑から言われたり、されたりする事で嫌な思いをしています。委ねていますが、自分の姿だと認められなかったり、腹が立って委ねきれない事が多くあり、苦しくなってしまい、どうして良いか分からなくなってしまいます。このような場合どうすればよいかお教えください。

<教主様お言葉>(一部)

神様は十分ご存じなんですね。自分のほうが人よりも優っているもの、自分と人を区別して、良い悪いを感じるようにさせてくださっているんですね。それは、救いのために、全人類を救うためにお使いくださっているんです。

何かを感じるということは、そのことを通して、あなたを通して、赦され救われたものとして私のもとに委ねてくれないか、と臨んできてくださっているんです。強制じゃないんです、これは。本当は、あなたが委ねる前に、私たちの中で明主様がすべてを委ねてくださっているんですよ。ちょっとでも、そのようにしてくださっているんだなと感じさせていただいたら、「明主様、お願いします。私も委ねさせていただきます」と思わせていただく。これは小さいことのようだけれども、自分だけの問題ではなく、全人類の救いに関わる問題なんです。

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また真明様は、「ドイツで感じられた事、これからの事など、お話しいただけますでしょうか」との質問に対して、
「明主様はご自分のことを『東方の光』とおっしゃり、極東の端の日本、その端の橋場で生をお受けになり、西からきた文明を東で受けて再び西に返すということがご自分の使命であるとおっしゃいました。西からきた文明は、一言でいうならば、最終的にはメシヤの御名であったと思います。そして明主様は、最晩年に、「メシヤが生まれた」とおっしゃった。ということは、メシヤの光が極東の端まで到達して、それを今度西へ帰すということが、明主様を継承させていただく私たち救世信徒の使命なのかなと思います。ドイツへ行って、東の日本から西のヨーロッパへ、メシヤの御名を携えて、日本の青年信徒も大勢行かれましたけれども、一つの型をさせていただいたかなと思いました」

「ベルリンの壁ということで、東西で分かれた状況になっていましたよね、ずっと。メシヤの御名は、明主様まで到達したんですけれども、教団としてはメシヤの御名にそこまで焦点を当てずにきた。私たちは、せっかく明主様がお受けになったメシヤの御名を日本に閉じ込めてきたと思います。そういうことで、象徴的ですけれども、東西の壁で『メシヤの御名』が西へ帰れない状態になっていたのかなと。でもそれが、1990年前後にベルリンの壁が崩壊して東と西の境がなくなりましたよね。神様のご経綸の中で、メシヤの御名が本当に西に帰って、人類が、東と西が一つになって結ばれるということがあるのかなと思いました」

など、ドイツご出向で感じられたお気持ちを披露されました。

質疑応答が終わり、教主様の「終わりのお言葉」の後、信徒が御礼の挨拶を述べ、参加者全員で教主様が作詞された「家路」を高らかに斉唱。記念撮影を行った後、教主様ご一行は全員と握手をされ、親しくお言葉をかけられるなど、参加者にとって大きな感動と学びが許された一日となりました。

なお、教主様ご一行はこの後、岐阜県へご出向されました。

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