アンニョンハセヨ(こんばんは)!

教主様ご一行が到着されて早くも3日目となった今日、真明様と専従者の懇談会が、馬山浄霊センターにて開催されました。

はじめに真明様による先達のもと、全員で天津祝詞を奏上。真明様から浄霊をいただいた後、川谷副代表が挨拶に立ち、「皆様ご存知のように、真明様は5代教主となられる方であり、皆様がこのような機会をいただかれることは人生の最高の宝物であると信じています」「本日は短い時間ですが、共に学ばせていただき、真明様と皆様が深い心の交流をされ、固い兄弟姉妹の絆を結ばれますようにお祈りさせていただきます」と述べました。

懇談会開始にあたって、真明様はご挨拶の中で「教主様は『一人でも私を必要とする人がいらっしゃれば、そこに参ります』とおっしゃっています」「私も、教主様を一人でも必要される方がいれば、今日だけではなくて、これからもずっとそういう方々と共に歩んでまいりたいと思っています」と語られました。

その後、信徒2名による質疑に対して真明様は、明主様が真に願われている救いとは何か、教主様が信徒に伝えたいことは何かを語られながら、それぞれの質問に答えてくださいました。

——————————

<質問>

明主様が「世界メシヤ教」を開教された御心に適う本教の未来とビジョンについて、真明様のお考えをお話ししてください。

<真明様お話>(一部)

明主様にとって、世界メシヤ教、メシヤという名前がとても大切なものであると、我々は受け止めないといけないと思います。しかし、1957年(昭和32年)に、明主様がお残しになった世界メシヤ教という名前に変えて、世界救世教となりました。同じく、メシヤ会館は1972年(昭和47年)、救世会館に改名されました。メシヤの名前がなくなった理由は色々あると思います。世界中でイエスがメシヤということになっていますので、メシヤ教とかメシヤ会館とか、メシヤの名前を表に出すと、メシヤ教として、キリスト教との関係とか、誰がメシヤなのか。明主様だけがメシヤなのか、イエスはメシヤじゃないのかどうなのか、などなど、色々と問題が出てきますね。しかし、そのような問題は、表に出さなければ問題がないので、他の教団との軋轢とか、そういうことを避けるためにメシヤという名前を避けたというのはあったと思います。だけれども、当時、メシヤという名前をいったん表から隠すというのは必要だったと思います。そうでないと、明主様だけがメシヤということでずっと進んでいっていたら、世界メシヤ教は社会的に潰されていたかもしれないですね。

私の理解は、まず神様がメシヤの御名を明主様に託されたと。けれども、明主様がメシヤの御名を使われた本当の意味が分かるまで、二代様と三代様はメシヤの御名を、一度明主様を通して神様にお返しになったと思います。そういう意味で、メシヤ教が救世教になったり、メシヤ会館が救世会館になったりしたことは神様のご経綸上、必要なことだったと思います。

だけれども、いよいよ時がきたと。もういつまでも明主様がその名前を残されたのに隠し続けることはできない。その中で、神様が再び明主様を通して、このメシヤの御名を今、現教主様にお託しになっていると思います。そして教主様に託されて、それを今、教主様が我々一人ひとりに「メシヤの御名を受けますか」と聞いてきておられるのではないですか?昨日教主様がおっしゃっていたように、神様は我々に対して「私の子どもになりますか」と一人ひとりに聞いてきておられると思います。だからこれは一人ひとりの決断ですね。

新しく生まれるということは、どういうことかを考えたいと思います。教主様は、我々に日常で起きる色々な思いを神様にお捧げすることを教えてくださっていますね。そのような信仰的取り組みをすることによって心が救われるというイメージが多いように思います。だけれども、私は日常のささいなことでも神様にお捧げするという行為は、神様の子どもとして新しく生まれる道に直結していることだと思います。というのは、明主様が1954年(昭和29年)4月19日に脳溢血になりました。その時に明主様は、「命がなくなるかもしれない」と思われたと思います。でもその時に明主様は、「あっ、自分は、自分が死ぬか生きるかということを思っていたけれども、この命はそもそも自分の命ではなかったんだ。神様の命だったんだ」と思われたと思います。今まで命を自分のものとしていた、と思われたと思います。そして、その思いの中で、「私の命を神様にお捧げします」と、ご自分の命を神様にお返しされたと思います。でも神様は、そのまま明主様の命を引き取ってしまって、明主様の地上の命を終わらせてしまうのではなくて、再び、明主様に、新しい命をお与えになったと思います。1954年6月5日の時、明主様は、「新しく生まれた」とおっしゃったのと同時に、「生まれたての赤ん坊だ」とおっしゃいました。その生まれたての、新しい命についていた名前は何なのか。命についていた名前はなんだったのか。それがメシヤだった、ということですよね。だから、明主様は、「メシヤが生まれた」と表現されたと思います。

神様の光は、全人類を照らしていますよね。光に照らされると影ができますね。だから我々は他の人に対して、嫌いになったり、不安を持ったり嫉妬とか妬みの思いを持つのではないですか?それはいわば影ですよ。神様の光があたって影ができるから、我々がそのような自分の心の影の部分を感じるんですね。そのようにして神様は全てを光の世界にしようとして、より良くならないといけないところを我々に知らせてくださっているのではないですか。

明主様はご晩年、「これから想念の世界である。御浄霊は二の問題で、まず想念である」とたびたびおっしゃいました。この明主様の御言葉の意味、御教えの意味を、我々はなかなか理解できずに今日まで来たと思います。でも、教主様は、想念と浄霊は一つであることを教えてくださって、そして、本当の意味での浄霊の業がなくなるわけではないんだと我々にご教導くださっていると思います。私は、神様の浄めの業であるご浄霊の御業はむしろもっともっと強まっていくと思います。

我々が掲げる浄霊の手は、「人間の手」なのか「神様の手」なのか。どちらかですよね。もし「神様の手」であるならば、神様が、世界を、全人類を、光で満たしていない時は一瞬もないですよね。神様は、常に我々の中側で、浄霊の光によって、我々の心を、ご自身の愛で包んでくださって、光を燦燦(さんさん)と注いでくださっていると思います。

だから我々の心の影が、自分の影が、照らされますよね。人間関係がうまくいかないとか、仕事がうまくいかない、ということで色々な思いが自分の心の中に湧き上がる。それを、「これは神様が私に浄霊をしてくださって、光で浄めてくださって、私を清い者として、光の出所である素晴らしい世界に導いてくださっているんだ」と我々が思えればいいですよね。

実際に浄霊をさせていただく時も、「この私の浄霊の手は、神様の手です。この神様の手は、私の中にあります。そしてこの目の前の方の中にもあります。我々の全部を浄めてくださって、神様の素晴らしい光の世界と言われる天国に迎えいれようとしてくださっているのですね!」と、そのように浄霊をさせていただく時に思わせていただけたら良いですよね。

「病貧争絶無の世界」は天国に存在しているんです。「天国という光の世界に帰ります」と言って帰ったら、その「病貧争絶無の世界」が霊主体従の法則によって地上に映し出され、病気が実際に癒されるということはあり得ることだと思います。だけど、人間の努力だけで、地上にある力だけを使って「病貧争絶無の世界」を造ろうとしてもそれは絶対にその世界は完成されない。なぜならば、「病貧争絶無の世界」は天国に存在していますから、そこにある力が現れない限り、その世界はこの地上には現れないですよね。浄霊の業といっても、それは、神様が我々を天国に迎え入れようとしているんだと。だから、天国に皆で帰ります、ということを我々は気づかないといけないと思います。でも、もし、まず、天国に上がって、その素晴らしい光がこの地上にも現れたら、一瞬にして「病貧争絶無の世界」がこの地上でも成し遂げられることは、実は、難しいことではない、と私は思っています。だから2つ目の質問で、これからの「未来とビジョン」についての私の考え、ということですが、私は、我々の未来、遠くない未来には、光に満ちあふれた素晴らしい世界が今まさに現れようとしていると、そういう素晴らしい未来が我々を待っていると確信しています。

——————————

最後に真明様は、参加者たちと親しく握手を交わし、記念撮影に臨まれ、和やかな雰囲気の中で懇談会は終わりました。

参加者から、「浄化について、光が照らしたら影ができるというお話が強く印象に残りました」「お話を聞いて、この道だったら、このお話の通りにできたら、本当に布教が変わると感じました」などの学びの感想が寄せられました。

明日は、いよいよ、教主様のご出座のもと「祖霊大祭・韓国本部30周年記念信徒大会」が密陽(ミリャン)の韓国本部で執り行われます。日本からも100名以上の信徒が参集します。

キョウジュニン クワハムケ!(教主様と共に!)

This post is also available in: English Português