祖霊大祭
2020年8月1日

御歌

幾千歳かかりて道を狂はせし曲津滅ぶる時は来ぬめり
如何ならむ非難譏りも来れかし吾には破邪の剣ありせば
村肝の生命の限り戦はんこの世滅ぼす曲のたくみと

聖言

御講話抜粋正義について

 私も昔から正義を維持するために随分戦って来たわけです。その代り不利な事もあります。裁判とかいろんな事も、正義を守らんがために強くやられる事も始終ありましたが、しかしやはり神様というのは正義で、正義を無くしたら神様というものとは縁が離れてしまうわけです。
昭和二十八年十二月五日
 
 正義はどんな事をしても蹂躪されないから世界というのはいいのです。若し正義が一寸でも勝たなければ、世界というものは崩壊してしまいます。大変なものです。だからキリストだって、正しいから自分の身が亡びてまでやっぱり世界を何するだけの力を現わしたのです。だから人間は正義が―これは形だけではありません。正義というものを打通そうという信念だけが人間の値打です。それの強い程人間の価値があるのです。それが無くして、御都合主義や打算主義の人間は形だけです。骨のない人間です。今は殆どそういう人間ばかりと言っても良いでしょう。
昭和二十七年十月一日
 
 いろいろな事に、みんな結果が反対なのです。その原因をよく見ると、一番の原因は算盤ばかりで正義感というものが無い、そのためです。今のは大きな話ですが、個人でも、うまく行かないという事は正義感が足りないのです。ところが正義というものは、かえって算盤とは反対の方が多いです。大変損のように思う事があるのです。正義というものを守るという事は算盤に当嵌らないように見えますが、ところが結果においては、ずっと算盤に当るのです。正義が算盤に当るというと変ですが……。そこのところが理窟では分らない面白みのある点です。
昭和二十八年十二月十六日
 
 正義を貫き通すという事で、そこが偉いのです。何故と言って、正義というのは神様が擁護するからです。如何にしても、結局失敗してしまいます。ですから私が今までいろいろ闘ったり酷い目に遭ったが、正義を守って一歩も退かないから、結局だんだん勝ってゆくのです。ところが正義というのは、一時悲惨な目に遭うから都合が悪いのです。丁度人間と同じで、熱冷しをのむと一時冷めるから、一時は良いようなものです。ところが本当の事を貫くという事は最後の勝利であるという事が分るのです。
昭和二十八年十一月二十五日