九月度月次祭
2020年9月1日
御歌
神はなしと思ふ人には神はなしありとし思ふ人に神ます
己が身の神に造られたも知らで神は此世に無しとふ愚かさ
吾は今有神論を振り翳し無神謬論*打砕くなり
* 謬論(びゅうろん) 誤った議論
聖言
宗教からみた産制問題 昭和二十四年四月三十日
一体人間は何の為に此世に生れて来たかという事である。此世界を構成している二十億の人類はその一人々々が生れたいという意志の下に生れて来たのではない。
抑々人類が棲息している処の此大地球と雖も其中心があり、中心には主宰者即ち支配者がなければならない。それなら一体地球の支配者とは何物かという事であるが、之が主の神即ち天帝ともいい、エホバとも称える処の絶対者であって、宇宙意志とは此主神の意志である。此主神の意志の下に、人類社会をして無限の発展を遂げしめつつあり、未来は如何に善美なる人類社会が出現するか到底想像し得られないのである。ただ未来世界の幾分かは想像し得られる。というのは何千何万年前の原始時代と、今日の文化と比べてその進歩の道程を振返る時、其著るしい発展ぶりに凡その想像はつく筈である。
即ち此人類は勿論森羅万象は、主神の意図の下に生成化育が行われているという事である。そうとすれば人間の生死と雖も主神の意図以外にある筈はない。
『光』七号
*抜粋