お受けします

《明主様》
 イエスは贖罪主である。人類の罪の代表者なのである。人類のお詫びの代行者なのである。
(1935年8月5日「贖罪主」)

 

《教主様》
 私どもは、イエス・キリストが神の赦しを乞いながら捧げられた血汐によって、全人類の罪が贖われ、赦されたことを知るものとならせていただいた以上、そのことを、何よりもまず、自分自身のこととして思わせていただかなければならないと思います。
 私どもは、その恵みにお応えし、神様に対して、〝あなたは、わたしのために御血汐を用意してくださり、わたしの罪を贖い、赦してくださったのですね〟と、このように申し上げる、その思いを神様はお待ちになっていると思います。
(2020年10月1日「世界メシア教 秋季大祭」)

 

《真明様》
 私たちは…明主様のようにイエスを贖い主として認めます、受けますということをしてこなかったと思うんですね、長い間。
 私たちは、それを、ご神前に行って「イエスは私の贖い主でした」ということを認める必要があると思うんですね。
(2019年12月7日「四国信徒大会 真明様へのお伺い」より)

 

『グローリー』No. 11, 2020/12月号掲載