皆様、あけましておめでとうございます。
輝かしい年の始めに、私ども一人ひとりを常に導き、育て、勇気と希望をお与えくださっている明主様に対し、〝明主様、あけましておめでとうございます〟と、新年のご挨拶をさせていただきましょう。
〝明主様、あけましておめでとうございます〟
誠に畏れ多いことではありますが、私どもの創造の主なる主神は、私ども全人類をメシアという唯一の御名に結び、ご自身の子供とするとお定めになり、創造の源である天国から万物を世にお遣わしになり、最後に私ども人類をお遣わしくださいました。
明主様は、その定めに従って、万物と一体の存在として、同時に、先祖と一体の存在として、主神の子供となられました。
私どもは、明主様によって、私ども全人類が、メシアの御名と共なる神を信じ、イエス・キリストの捧げた贖いの御血汐を信じることによって、何の功績もなくても、無条件に神の子となる道を賜っているという福音を知るに至りました。
この福音こそ、すべての人にとっての真の救い、真の幸福、真の生きがいなのではないでしょうか。
私どもがこの福音を知ることができたのは、また、その福音に仕える者とならせていただいたのは、明主様がイエス・キリストと相呼応してお働きくださっているからこそのことである、と私は信じております。
私どもは今、神の子たるメシアとして新しくお生まれになった明主様に倣う者として、永続的な養いを賜る中で、本日、新年祭を迎えることができましたことに対し、主神に、そして、明主様に、心から感謝させていただきたいと思います。
さて、本日の新年祭において私は、皆様とご一緒に、新しいご神名「主神なる我等の神」、そして、「主神なる先祖の神」を奏上し、また、「主の祈り」を奉唱させていただくことができましたこと、大変ありがたく思っております。
このことは、明主様と共におられる主神がお許しにならなければ、成し得なかったことと思います。
主神は、私どもを少しでも真実に近づかせてくださろうとしておられます。
それは、主神が私ども全人類及び父母先祖の方々と一つになろうとしておられるからであります。
そのために、主神は、私どもが世界メシア教の復活を始め、この度の新しいご神名の奏上や「主の祈り」の奉唱など、様々なことを定め、速やかに実践することをお許しくださっているのではないかと思います。
明主様は、御歌に、「人の目にうつらぬまでの事にしてすすむ神業のいと速きかも」とお詠みになりました。
明主様のご神業は今、目に見える形の世界において、驚くほどの速さで進められていると私どもは感じておりますが、この御歌のように、目に映らない心や思いの世界では、なおさら速やかに、そして、力強くご神業が進められているのではないでしょうか。
ご神業と申しましても、それは主神の創造のみ業であります。
主神は、メシアの御名によって、大調和という創造の営みをなさっておられます。
明主様は、「此大宇宙の一切は悉く調和していて、寸毫も不調和はないのである。従って人間の眼に不調和に見えるのは表面だけの事である」と聖言くださり、御歌に「眼開き破壊の裏に創造の槌を揮はす神業見られよ」とお詠みになりました。
主神は創造の主であられますから、そのみ業は、創造以外の何ものでもありません。
私ども人間の目に映る世の姿が、どんなに破壊的で混乱に満ちた状態であったとしても、また、私どもの心に現れる思いがどんなに悩みや苦しみ、怒りや悲しみに覆われていても、主神は、私ども一人ひとりの中で、大調和という創造を成し遂げておられるのです。
私どもをお使いくださって、すべてのものを赦し、救い、再び生きるものとして甦らせるという創造のみ業を成し遂げておられるのです。
私どもは、誰であろうと、主神の創造のみ業に参画させていただいているのです。
畏れ多くも、何と光栄なことでありましょう。
明主様は、御歌に、「日輪の光は此世に一つなり之の光にもれてよきやは」とお詠みになりました。
地球にとって太陽が一つであるように、主神の大光明という唯一の光は、漏れなくすべてに満ちわたっています。
創造のみ業にお仕えする私どもは、光の源である主神の御国たる天国に立ち返り、その分け隔てない恵みを一人でも多くの方々と分かち合うべく、本年より始まる新しいご神業に、メシアの御名の教会としてお仕えさせていただきましょう。
終わりに、明主様が私どもに大きな期待を込めて、その復活をお許しくださった世界メシア教の信徒としての道を歩まれる皆様を通して、真の安らぎと恵みがすべてのものに分け与えられますように、そのごとく御心を成し遂げておられる主神に対し、メシアの御名にあって、心からなる感謝を捧げさせていただきます。
ありがとうございました。