〔明主様〕

単に愛といっても、小乗愛と大乗愛の区別のある事を、充分知らねばならない。そうして小乗愛の最も極端なのが、言う迄もなく自己愛で、次が血族愛、友人愛、団体愛、階級愛、国家愛、民族愛という順序になるが、茲迄の愛は悉く小乗愛で、之は何程熱烈な愛でも、結局に於て悪である。というのはそれが強ければ強い程、争いを生ずるからである。では大乗愛とは何かというと、之こそ人類愛であり、世界愛であり、神の愛である。以上の理によって何程立派な理屈を唱えても、小乗愛は限られたる愛であるから危険である。
 …此意味に於て若し其宗教が本当のものであるとすれば、世界愛を説かねばならないと共に、それが実行に移されていなくてはならない筈で、それが大乗宗教のあり方である。我メシア教は此大乗愛を建前として人類を救うのであるから、世界の名を冠してあるのである。
「大乗愛」1952723

 

〔聖書〕

『隣り人を愛し、敵を憎め』と言われていたことは、あなたがたの聞いているところである。しかし、わたしはあなたがたに言う。敵を愛し、迫害する者のために祈れ。こうして、天にいますあなたがたの父の子となるためである。天の父は、悪い者の上にも良い者の上にも、太陽をのぼらせ、正しい者にも正しくない者にも、雨を降らして下さるからである。あなたがたが自分を愛する者を愛したからとて、なんの報いがあろうか。そのようなことは取税人でもするではないか。兄弟だけにあいさつをしたからとて、なんのすぐれた事をしているだろうか。そのようなことは異邦人でもしているではないか。それだから、あなたがたの天の父が完全であられるように、あなたがたも完全な者となりなさい。
「マタイによる福音書」第543節~48

 

『グローリー』No. 14, 2021/3月号掲載
 出典:『口語訳聖書 1954/1955年改訳』(日本聖書協会)