「貫く」

 

《明主様》
 正義を貫き通すという事で、そこが偉いのです。…何故と言って、正義というのは神様が擁護するからです。如何にしても、結局失敗してしまいます。ですから私が今までいろいろ闘ったり酷い目に遭ったが、正義を守って一歩も退かないから、結局だんだん勝ってゆくのです。ところが正義というのは、一時悲惨な目に遭うから都合が悪いのです。丁度人間と同じで、熱冷しをのむと一時冷めるから、一時は良いようなものです。ところが本当の事を貫くという事は最後の勝利であるという事が分るのです。
(1953年1125日 御講話)

 

《教主様》
 皆様には、現在、教団が直面している状況について突然耳にされ、驚きと共に、これから教団はどうなるのだろうと心配され、不安な思いをお持ちの方も多くいらっしゃると思います。…
 皆様が直面されている問題は、私自身の問題でもあります。
 現在、皆様が置かれている状況に対し、私は、明主様のみ心を尋ねつつ、断固とした姿勢を貫いてまいる所存であります。
 私どもにとって、乗り越えられない困難など決してありません。
 明主様は、困難を乗り越える力を、私ども一人ひとりの中に用意してくださっています。
201834日 春季大祭・豊穣祈願祭)

 

《真明様》
 私も、皆様とは比べものにならないと思いますけれども、世界救世教のほうから、「あなたは信徒ではない」と言われるなど、様々な攻撃を受けました。
 だけれども、私は、生きていく上で、曲げられることと曲げられないことというのはあると思います。
 教主様がお説きくださっていること──これは、自分としては、曲げることはできない、どんな目にあっても曲げることはできない、と思いまして、どのような目にあっても進んでいこうと決めました。
 それは皆様も同じ思いであったと思います。
(2018年1114日 真明様と神静地区専従者との懇談会)

 

教会誌『グローリー』No. 14, 2021/3月号掲載