PDF: 春季大祭_教主様お言葉

 

於:グランドニッコー東京台場(パレロワイヤル)

 

皆様、本日は、「世界メシア教 春季大祭」おめでとうございます。
 本日の祭典行事につきましては、昨年の「御生誕祭」と同様、「グランドニッコー東京 台場」の皆様のご理解とご協力、また、格別のご配慮をいただきまして、開催させていただくことができました。ここに、「グランドニッコー東京 台場」の皆様に、厚く御礼申し上げます。誠にありがとうございます。

 

先程の成井理事長のご挨拶にありましたように、今年の場合、44日の今日が、イエス・キリストの復活を祝う復活祭、イースターに当たります。キリスト教にとって大変重要なお祝いの日であります。
 明主様は、キリスト教と呼応して働いてゆきたいと仰せになりましたが、このイエス・キリストの復活は、私どもにとってどのような意義があるのでしょうか。
 唯一の神・主神は、私どものの父なる神であられます。
 私どもの父なる神・主神の創造の目的は、メシアと名付けられたご自身の子供をお生みになること、すなわち、全人類をご自身の子供とすることであります。
 そのために、主神は、「霊主体従の法則」という聖言がありますように、創造をお始めになる前に、あらかじめ天国において、私ども人類の罪をい、赦し、救い、甦らせ、ご自身の子供たるメシアとするというみ業を成し遂げられました。
 主神は、天国におけるみ業を、私どもをお使いになって成し終えた上で、その天国の中の一部に、時間、空間、次元の存在する世界、地上あるいは世と言われる世界を創造されました。
 そして、ご自身の思いと力を込めた息と共に、私どもを世にお遣わしになり、一人ひとり、意識ある存在とされました。
 主神が私どもに意識を持たせてくださったのは、一人ひとりをご自身の子供とするためでありました。
 しかしながら、私どもは世において、一人ひとり、個々別々に、〝わたし〟という意識ある存在とならせていただいたために、主神のものである魂と意識と生命を自分のもののように思い、他人と自分、先祖と自分、万物と自分とが共に主神の一つであることを忘れ、自分の善悪の尺度と都合を優先する生き方しかできない姿となってしまいました。
   元々一つであった私どもと私どもの父なる神・主神との間には、大きな隔たり、みができてしまい、私ども人類は、主神のみもとである天国に立ち返ることができない存在、すなわち、前に罪ある者になっていました。
 この主神との間の歪みは、私ども人間がどんなに努力しても、是正することが到底できなくなってしまったのです。

 

そうした私どもを主神はみてくださいました。
 私どもをどこまでも愛してくださっている主神は、私どもとの間の歪みを是正し、赦しを与えるために、あらかじめ天国でお選びになったイエスを世にお遣わしくださいました。
 主神は、全人類の過去現在未来にわたる罪をイエスにわせて、十字架におかけになり、イエスが罪の赦しを乞いながら捧げた血汐を、贖いの血汐としてお受け取りになり、全人類を赦し、無罪としてくださいました。
 主神が私どもを無罪とされたのは、私どもを漏れなく天国に迎え入れ、ご自身の子供とするためであります。
 だからこそ、主神は、イエスを十字架におかけになったあと、イエスを死の世界にお遣わしになり、死人の中から甦らせ、神の子たるキリスト、すなわち、メシアとして新しく生まれさせ、復活させられたのであります。
 主神は、イエスを復活させることによって、イエスのみならず、全人類をご自身の子供とするためのみ業を、地上においても、成し遂げてくださったのです。
 何と大きく、深い愛であり、恵みでありましょう。
 この恵みを、地球上の一人でも多くの人々にもたらすために、主神は明主様を世にお遣わしくださいました。
 明主様は、見えざる神に対する信仰の大切さを懸命にお説きになるとともに、世界救世(メシア)教を開教され、「神人合一」や「キリストの再臨」などの聖言をもって、私どもを少しずつ真実へと近づかせてくださいました。
 そして、最終的に、ご自身がメシアとして新しくお生まれになることによって、イエスを復活させた主神の創造の目的を、御身をもって証し立てられ、キリスト教と呼応して全人類を救うみ業を私どもにお託しになりました。
 今、明主様は、そして、イエスは、甦った息をもって、私どもの中でお働きになり、私どもをお使いくださっています。
 私どもの魂は、明主様が新しくお生まれになり、永遠の生命に甦り、復活された時、立ち会わせていただいたのです。
 イエスの復活の時も、立ち会わせていただいたのです。
 私どもの魂は、すでに天国に迎え入れていただいたのです。
 私どもは、明主様と共に、イエスと共に、また、多くの方々と共に、全人類が神の子たるメシアとして新しく生まれ、永遠の生命に甦り、復活するという救いのみ業にお使いいただいている、という自覚を持つ必要があると思います。

 

主神は、永遠に生きておられる創造主であられますから、創造されたすべてのものは生きています。死んだものなど一つもありません。
 私どもは、主神の永遠の魂と永遠の息をお預かりして、今、世に遣わされております。
 私どもは、そのことを忘れ、寿命という言葉があるように、この世の生命だけが人の生命であると思い込み、主神の生命から遠ざかってしまいました。
 私ども人類の誰もが死という思いに囚われ、主神からご覧になれば、私どもは生きた者ではなく、死んだ者のようになっておりました。
 そうした私どもを、主神は、イエスの贖いの御血汐によって赦してくださっただけではなく、イエスを死の世界から甦らせた力によって、私どもを死に囚われた世界から救い出し、生きた者にならせてくださったのです。
 その主神の生命の力は、すべてのものを貫いています。
 明主様は、その生命の力がご自身の中を貫いていることを確信されたからこそ、主神の永遠の生命に甦られ、新しくお生まれになったのではないでしょうか。
 イエスを甦らせた力は、明主様を甦らせた力であります。
 その生命の力は、私どもの息の中に存在しています。
 私どもは、普段何気なく呼吸をしておりますが、私どもの息は、私どものものではなく、主神の永遠の生命の息であります。イエスを甦らせた息、明主様を甦らせた息であります。
 私どもは今、新しい息、すべてを甦らせる息を吸ったり吐いたりさせていただいているのです。
 主神は、私どもに無意識に呼吸させてくださっているだけではなく、意識的に呼吸することができるようにさせてくださいました。
 それは、主神が私どもの想念と共に呼吸をお使いになって、すべてのものをメシアの御名にある教会に迎え入れ、新しいものに造り替えるという創造のみ業をお進めになるためであります。
 主神は、私どもの中で、私どもの意識の中心で呼吸してくださっています。
 主神の吐く息は、私どもの吸う息であり、主神の吸う息は、私どもの吐く息であります。
 私どもは、主神の吐く息に対しては、意識の中心から吸わせていただき、また、主神の吸う息に対しては、意識の中心に吐かせていただく、という思いで呼吸させていただくことが大切であると思います。
 そして、息を吸う時は、すべてを甦らせる主神の息がすべてのものに分け与えられますようにと定めて、全身の細胞に行き渡らせる思いで息を吸わせていただき、また、息を吐く時は、すべてのものと共に、赦され、救われ、生きた者として、主神のみもとに立ち返らせていただきますと定めて、息を吐かせていただくということを、日頃から心に定めて呼吸するよう努めさせていただきたいと思います。
 このようにして、私どもは、吐く息と吸う息に込められた主神の思いと主神の力を信じ、万物を甦らせ、万物と一体である全人類を新しく生まれさせる救いのみ業に、明主様と共にあるメシアの御名にあって、また、イエスと共にあるメシアの御名にあって、お仕えさせていただきましょう。
 ありがとうございました。