「明主様、あなたとイエスには
絶対に霊的連携があります」

 

《明主様》
 余を以てキリストと比較検討された事は近来の快事というべきである。之に対し余は謙遜的否定もせず、自讃的肯定もせず、只時の判定に委すのみである。
 兎に角、キリストは天国は近づけりといい、余は天国を樹立するというにみて、そこに二千年の時を矩って、何等かの霊的連繋ある事は否定出来ないであろう。
(1950年1月25日 序文 基督と自観師)

 

《教主様》
 主神は、イエスを復活させることによって、イエスのみならず、全人類をご自身の子供とするためのみ業を、地上においても、成し遂げてくださったのです。
 何と大きく、深い愛であり、恵みでありましょう。
 この恵みを、地球上の一人でも多くの人々にもたらすために、主神は明主様を世にお遣わしくださいました。
 明主様は…ご自身がメシアとして新しくお生まれになることによって、イエスを復活させた主神の創造の目的を、御身をもって証し立てられ、キリスト教と呼応して全人類を救うみ業を私どもにお託しになりました。
(2021年4月4日 世界メシア教 春季大祭)

 

《真明様》
 明主様の救いを世界に宣べ伝えていかなければならないとなった時に、もし明主様を唯一のメシアとするならば、キリスト教徒の方々にとってはイエスが唯一のメシアですから、これは、もう、ずっと平行線ですよ、いつも言うように。
 だけど私たちが信じる道はそうではないですよね。私たちが信じているのは:イエスがメシアとして新しく生まれる最初の道を作ったけれども、それを誰も継承せずに二千年経った。そして、イエスの話というのは中東での話ですよね。それを、イエスから二千年後、まさに、時空を超えて、明主様がイエスの遺した真実を──それは、神様の真実ということですけれど──それを日本という所で受けられて、そしてメシアとして新しくお生まれになった。この明主様は人類のひな型なんだ、人類の模範たる明主様なんだ。だから私たちは、イエスがメシアであることは否定しない。明主様は当然メシアであられる。そして私たちは、明主様と一つになってメシアとして新しく生まれる。でも、このメシアとして新しく生まれる道は、全人類にも開かれている。だから、その道を、キリスト教と呼応しながら進むということなんだけれども、これも、ただ、何かキリスト教の人と仲良くなるとか、何か『聖書』のことをもっと勉強しなければいけない、ということだけではなくて、本来は、私たちが、明主様から託されている真実をキリスト教徒に、また、全人類に伝えなければならない、ということを信じているわけですよね、私たちは。
(2021年3月1日  秩序ある世界)

 

教会誌『グローリー』No. 17, 2021/6月号掲載