世界メシア教 祖霊大祭

2021年8月1日

御歌

世に勝てるメシアはいともはればれと西の都に入らすよき時

東方の光はひろぎひろごりて西の涯まで照しゆくらん

イスラエルの民も歓呼の声挙げむあくがれ待ちし真のメシアに

 

三代様お言葉

御講話 昭和五十九年十二月二十二日

「教主とは何か」、これについて二代様は、その教権というものをしっかりお教えくださっておりまして、いまさらここで言うまでもないことです。二代様は七年かけて、神観と教主観とを確立して教団の基礎を打ち立てていかれたのです。その神観というものは、ちゃんと護られて今日の姿でまいっております。しかし、教主観というものは、不幸にして歪められましたままに、未完成のままに今日まで来ましたわけです。

教主をお守りするという美名のもとに、すべては執行部中心となり、教主というものは単なる儀礼の存在になっていたわけです。実際それは非常に人間性を無視したことでありまして、言うに言われない今日までの教主の苦しみ、忍耐というものがそこにあったわけです。

それがもう究極にまでに来た時にいただきましたこの大浄化。その苦しみの中から私はこの背後に教団を創業のあの生き生きとした信仰の心に蘇らせてくださろうとする大神様のお計らい、御守護、また明主様、二代様、三代、そして四代、五代と続いていくこの血脈の教主に対する今後の重大な使命というものを痛感させていただきました。

そうしたこの浄化の意味するものを本当につかんでいくということが大切です。救世教の霊主体従とはなんなのか、有神思想と無神思想の根本にあるのはなんなのか。

明主様の教えられた神的順序を立てずして、明主様があれほど仰せられた無神思想の打破というものは行なわれるのか。そうしたご神業の根本の本質を充分につかませていただくと、それがなされねば来年からの神様のお光が世界に及ぶという、そのような大きなご神業の力というものを打ち立てていくことが出来ないと、それがこの浄化に対する私の確信であります。
*抜粋