〔明主様〕
数千年間の、夜の世界に呼吸して来たので、其罪穢による、汚濁の堆積であると思うより外はないのである。即ち、夜の暗黒に相応した人間であるから、今日迄はいい様なものの、若し是等の人が、赫々たる太陽の光明に照らされたとしたならば、一体どうなる事であろう。想像するだに慄然とするのである。例えば、暗黒内に棲息した黴菌を、太陽の光に晒したら、どうなるであろう。…
罪穢に充ちた身体は、崩壊するより致し方がない。黴菌が、太陽の光に死滅する様にである。
昭和10年ご執筆、昭和11年1月21日の御講話でご発表
「三千世界の大清算 ―世界最後の大審判はあるか?―」
〔聖書〕
あなたがたは、だれにも不誠実な言葉でだまされてはいけない。これらのことから、神の怒りは不従順の子らに下るのである。だから、彼らの仲間になってはいけない。あなたがたは、以前はやみであったが、今は主にあって光となっている。光の子らしく歩きなさい──光はあらゆる善意と正義と真実との実を結ばせるものである──主に喜ばれるものがなんであるかを、わきまえ知りなさい。実を結ばないやみのわざに加わらないで、むしろ、それを指摘してやりなさい。彼らが隠れて行っていることは、口にするだけでも恥ずかしい事である。しかし、光にさらされる時、すべてのものは、明らかになる。明らかにされたものは皆、光となるのである。
「エペソ人への手紙」第5章6~14節
教会誌『グローリー』No. 19, 2021/8月号掲載
出典:『口語訳聖書 1954年/1955年改訳』(日本聖書協会)