〔明主様〕
これから想念の世界である。御浄霊は二の問題で、まず想念である。お念じしなさい。
『地上天国』68

 

〔聖書〕
言いたいことがたくさんあるが、あなたがたの耳が鈍くなっているので、それを説き明かすことはむずかしい。あなたがたは、久しい以前からすでに教師となっているはずなのに、もう一度神の言の初歩を、人から手ほどきしてもらわねばならない始末である。あなたがたは堅い食物ではなく、乳を必要としている。すべて乳を飲んでいる者は、幼な子なのだから、義の言葉を味わうことができない。しかし、堅い食物は、善悪を見わける感覚を実際に働かせて訓練された成人のとるべきものである。
 そういうわけだから、わたしたちは、キリストの教の初歩をあとにして、完成を目ざして進もうではないか。今さら、死んだ行いの悔改めと神への信仰、洗いごとについての教と按手*、死人の復活と永遠のさばき、などの基本の教をくりかえし学ぶことをやめようではないか。神の許しを得て、そうすることにしよう。いったん、光を受けて天よりの賜物を味わい、聖霊にあずかる者となり、また、神の良きみ言葉と、きたるべき世の力とを味わった者たちが、そののち堕落した場合には、またもや神の御子を、自ら十字架につけて、さらしものにするわけであるから、ふたたび悔改めにたち帰ることは不可能である。
「ヘブル人への手紙」第511節~第66

 

*頭の上に手を置くこと。イエスが病人を癒やした際も、そのようにされたことが聖書に記されている。

 

教会誌『グローリー』No. 24, 2022/1月号掲載
 出典:『口語訳聖書 1954/1955年改訳』(日本聖書協会)
(注釈は編集者によるもの)

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