「あなたがわたしになる」の曲と詞について

岡田 真明


ロンドンに住んでいた時のことです。私は、特別クラシック音楽に詳しいわけではないのですが、母の叔父である堀内喜一先生が大変クラシック音楽にお詳しく、堀内先生の勧めで、フォーレ作曲による「レクイエム」を、ロイヤル・アルバート・ホールに聴きにいったことがありました。当時私は、宗教学の博士号取得のためロンドンにいたのですが、その時ちょうど母が日本から来ており、母と二人で聴きにいったものでした。これは、私にとり、クラシックを生演奏で聴いた数少ない機会のうちの一つです。


このたびの「あなたがわたしになる」も、世界メシア教の市岡直也さんによる作曲です。曲のデモ音源を一番最初に聴かせていただいた時、あまりのすばらしさに言葉を失いました。と同時に、もう聴いてから何年にもなりますが、その、フォーレの「レクイエム」、特に、その中でも、「In Paradisum」(「天国へ」)の冒頭部分が思い起こされました。


In Paradisum」の冒頭部分を聴きますと、天上の清い、高い場所、別世界に連れていかれるような、そんな思いを私は抱きます(ちなみに、私がフォーレの「レクイエム」で一番好きなのは「Sanctus」(「聖なるかな」)です)。


「あなたがわたしになる」の冒頭は、「In Paradisum」と同じような、天上の清い響き、高い響きがあるだけではなく、そこに懐かしさも同居しており、今まで一度も聴いたことがないはずの曲なのに、なぜか、昔聴いたことがあるかのような錯覚を覚えます。市岡さんの作曲のすばらしさに絶句します。


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番の歌詞の中で、「海はだれのもの あなたのもの」から「いのちはだれのものだろう」までの間奏が長く、なぜだろう?と思っていましたが、それはきっと、空や星や海を創造になられた神様が、そののち、長い年月をかけて、この「人間」というものを創造してくださった、この「いのち」というものを創造してくださった、その何十億年にもわたる悠久の時の時間なんだ、それを味わわせていただくため、思わせていただくためのこの長い間奏なのだと、そのように思わされました。


ここの間奏部分を聴いていますと、何か、自分が天使にでもなり、大空を自由に飛び回っている光景が目に浮かんできます。


「いのちはだれのものだろう」等の「だれのものだろう」のところは、2番も含め、本当に、「だれのものだろう?」と考えているようなメロディーになっていると感じました。曲全体が、明るい、優しい、清らかなトーンなのですが、この部分の、サスペンス的メロディー、迷っている心が現われているメロディーがあることによって、それが一つのアクセントになり、曲全体にストーリーがあるように受けとめられるようになっていると思います。また、それにより、歌詞の内容に、より感情移入しやすくなっているように感じました。


このサスペンス、迷いの時代から、次の、「あなたのもの」というところに入っていくと、今度は、真実を知った、心の底から湧き上がる、ふつふつとした、そこはかとない喜びが奏でられている。人間的な派手な喜びではなく、静かな、だけど確かな喜び、それが表現されているメロディーだと思います。


この静かなメロディーを聴きながら「あなたのもの あなたのもの すべてあなたのもの」という歌詞を聴くと、このセリフを、ずっと昔、天上で神様に申し上げていたのではないか、皆でこのような言葉をもって天の父である神様と交流し、神様をお讃えしていたのではないかと、そういう、タイムスリップをしたような感覚すら覚えます。ずっと昔から、神様に愛され、包まれていたんだという安心感、温かさを感じます。ずっと昔は神様と直接お話しさせていただいていたんだという、その当たり前の事実に気づかされます。


曲作りは、まず歌詞が出来上がり、そこから市岡さんが作曲をします。今回、それこそ、『あなたがわたしになる』というフレーズが、ある日、まさに自分の心に降ってきたように現われ、そして、この一つのフレーズのために、周りのすべての言葉を用意し、「あなたがわたしになる」の歌詞が完成しました。


『あなたがわたしになる』というフレーズを思わされた時、そこには確かに感動がありました。しかし、その後、作曲された曲を聴きながら、歌詞の世界観に入り込み、この曲を聴いた時、「わたしはあなたのもの」まで来て、その次、突然、「あなたがわたしになる」というフレーズを耳にした瞬間、神様が、本当に、私を獲得して、私になろうとして臨んできてくださっているのだ、こんな私のために、こんな罪深い私のために、という思いがこみ上げてきて、何か、理屈を超えた、神様の想像を絶する愛の大きさに満たされ、感涙を抑えることができませんでした。


しかも不思議なことは、曲を聴いていますと、私自身の作詞であるにもかかわらず、「あなたがわたしになる」という歌詞のところに来ると、「えっ?そうくるのか!」という、いい意味での驚きを毎回感じてしまいます。それはきっと、神様が私自身になろうとしておられること、これは、「永遠に新しい」ことだからなのかもしれません。


しかし、これだけではありません。最後、すべての歌詞が歌い上げられたあと、教主様作詞の「新しき世」の冒頭で鳴り響く、新時代の到来を告げる鐘の音と同じような音が、「あなたがわたしになる」の曲の一番最後でも鳴り響きます。


メシア降誕本祝典のオープニング曲「新しき世」の最初に鳴る鐘の音が、メシア降誕本祝典のエンディング曲「あなたがわたしになる」の最後でも鳴る。


これにより、「新しき世」と「あなたがわたしになる」という二つの曲が一対になっただけではなく、メシア降誕本祝典全体を通して、最初から最後までが一本の線でつながり、あたかも、新時代が到来したぞ、という神様が鳴らしておられる鐘の音が、メシア降誕本祝典全体を包み込んで、一つのものにしてくださっているように思わせていただきました。


このような着想をされたことに脱帽、まさに天才的であり、そのような市岡さんの才能はもちろんのこと、同時に、神様が、メシア降誕本祝典に臨む私たち全員に、ご自分の恩寵の輝きをほんの少し分け与えてくださったのではないかと思わざるを得ませんでした。


神様が「私」を獲得してくださって、神様が「私」自身になる。それが、明主様の仰せになった「新しく生まれる」であり「メシア降誕」であると思います。


信徒の皆さまには、明主様の聖言の最大の謎にして神秘である「新しく生まれる」「メシア降誕」に込められた神様のみ心を、この曲と、また詞を通して少しでもお感じいただければ幸いです。


そして、可能であれば、ぜひ、声を出して歌ってみてください。ただ聴くのとは違う世界が、そこにあると思います。


ガブリエル・フォーレ《レクイエム》  
 In Paradisum
(天国へ) 
 Sanctus
(聖なるかな)
 ※ガブリエル・フォーレ《レクイエム》の2つのリンク先は世界メシア教の公式チャンネルではございません


市岡 直也
1997年生まれ。25歳。東京藝術大学(前身は明主様が通われた「東京美術学校」)音楽学部楽理科卒。2020年4月より専従。世界メシア教音楽部所属。