PDF: 新年 教主様お言葉
皆様、あけましておめでとうございます。
誠に畏れ多いことではありますが、唯一の父なる神の創造のみ旨は、イエスのみをメシアとするのではなく、明主様がメシアとして新しくお生まれになったように、全人類をご自身の子たるメシアとすることであります。
この創造のみ旨が込められた、最も尊いメシアの御名は、私どもの中に、全人類とその父母先祖の方々の中に、万物諸元素の中に刻みつけられています。
輝かしい年の始めを迎えた私ども一同、明主様を通し、また、イエスを通して、日々新しく養い育てられていることを神様に感謝し、勇気と希望を胸に前進してまいりたいと思います。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
さて、私どもの始まりは、いつなのでしょうか。また、その始まりは、どこにあるのでしょうか。
私どもの始まりは、神様が天国で私どもの霊の体を生んでくださった時です。そして、その始まりは、私どもの意識の中心にあります。
私どもは、神様のみもと、始まりの天国にいて、神様の一つ体だったのです。
光り輝く霊の子として、神様にお仕えしていたのです。
神様は、私どもを個々別々の意識ある存在とするために、私どもを天国の一部である、この世という地上に送り出し、心と言われる自我意識を造ってくださいました。
世に送り出され、意識を持たされた私どもは、霊の体、すなわち魂を自分のもののようにしたために、神様との間に境を作り、神様と離れたもののようになっていました。
神様は今、魂を自分のもののようにした私どもを赦し、再び天国に迎え入れ、私どもと一つになろうとしておられます。
だからこそ、神様は、ご自身の愛するイエスを十字架にかけてまでも、私どもの犯した罪を贖い、清め、そして、私どもを救い、甦らせなければならなかったのではないでしょうか。
その神様の私どもに対する愛は、到底計り知れない深いものであると思います。
私どもは、その深い愛にお応えして、明主様がなされたように、イエスの捧げた贖いの御血汐をお受けし、罪赦されたものとして、神様のみもとである天国に立ち返らせていただく務めがあると思います。
明主様は、「霊主体従の法則」をお説きになりました。
霊の体があるから、肉の体があるのです。
私どもは、〝神様、あなたが生きておられるから、わたしが生きているのですね〟と申し上げるべき存在であります。
また、明主様は、「霊主体従」だけではなく、「霊体一致」についてお説きになり、「霊体一致すると力が出るのです。今までは霊体が一致しなかったのです」と仰せになりました。
私どもは、神様の祝福を賜って、霊主体従の姿になるだけではなく、その祝福を賜ったものとして自らを神様に捧げ、神様と一つにならせていただきたい、すなわち、霊体一致の姿にならせていただきたいと願うべきではないでしょうか。
神様が私どもと一つになって初めて、私どもは、神様の生命の力によって、真に生きたものにならせていただけるのではないでしょうか。
救いの源は、私どもの内なる天国にあります。
明主様は、世の多くの人々に天国を思い出させ、天国に存在する救いを分け与えたいという熱い思いをもって、天国の写しとして、地上の聖地の造営に全身全霊を注がれました。
この明主様の尊いみ心を受け継がせていただき、その人類救済への情熱にお応えすべく、昨年11月1日の月次祭において、真明が私の代行として、世界メシア教の聖地建設の開始を宣言いたしました。
そして、12月18日の「御生誕祭並びにイエス聖誕祭」において、私は、完成をめざす聖地の中心たる礼拝施設は、「メシア聖堂」とすることを発表させていただきました。
この建設に向けて、全信徒一丸となって精一杯お仕えし、明主様の願いに適い、明主様にお喜びいただける「メシア聖堂」を是非とも完成させていただきたいと思います。
また、本年6月15日は、「メシア降誕本祝典」1周年を迎えますため、昨年皆様にお伝えいたしましたように、従来の「地上天国祭」を、本年以降、「メシア降誕祭」として執り行うことといたしました。
私どもは、メシア降誕の意義を御身をもってお示しになった明主様にお応え申し上げ、この日を「世界の大祝祭日」としてお迎えさせていただきましょう。
そして、キリスト教と呼応して救いを成し遂げていくと断言された明主様、その明主様とイエス・キリストとの密接な関わり合いを心に深く刻み、このお二人を世にお遣わしくださった唯一の神に、心からなる感謝を捧げ、全人類とその父母先祖の方々と共に、万物と共に、お仕えさせていただきましょう。
そのようにお仕えになる皆様の進みゆく道に、本年一年、大いなる恵みと安らぎがありますように。
ありがとうございました。