十一月度月次祭
2023年11月1日
明主様御歌
罪多き我身我家を赦しませ大慈大悲の大御心に
礼節を守らぬ自由主義こそは贋物なりと知れよ諸人
信仰のなきは骨無き人ならむ善きも悪しきも風次第なる
病きを悲しむ人ぞ哀れなりいと喜ばむ事にしありせば
いつまでも闇の世なりと油断すな光は已に雲破りけり
穢れたるもの悉滅び新しき美しの御代は生れなんとすも
穢れ多き人を浄むる業こそは誠の救ひの道にぞありける
明主様聖言
病気とは何ぞや 昭和14年
古来、病気なるものは、その原因として、仏説には四大調和の破綻とか仏罰、漢方医学に於ては五臓六腑の不均衡、西洋医学に於ては、ウィルヒョウの細胞衰滅説、コッホの黴菌による伝染説等、幾多の理論学説等あるが、何れもが病気なるものを災厄とし、悪い意味に解せざるものはないのである。
然るに私が発見した所によると、右とは全く反対であって、病気とは、造物主が人間に与えた最大な恩恵であって、人間は病気に罹るが為に健康を保持し、長寿を保ち得るのであって、此真諦が判れば、神に感謝せずにはおれないのである。
斯の如き事をいえば、世人は狂人と思うかもしれない。それは、コペルニクスやガリレオの地動説もニュートンの引力説も、狂人扱いにされたと同じように。然し、真理は飽迄真理である。従而、此書を読む方々は、先入的観念をかなぐり捨てて、全くの白紙になって熟読せられたい事である。
『医学試稿』
聖書
「ローマ人への手紙」第6章
では、わたしたちは、なんと言おうか。恵みが増し加わるために、罪にとどまるべきであろうか。断じてそうではない。罪に対して死んだわたしたちが、どうして、なお、その中に生きておれるだろうか。それとも、あなたがたは知らないのか。キリスト・イエスにあずかるバプテスマ*を受けたわたしたちは、彼の死にあずかるバプテスマを受けたのである。すなわち、わたしたちは、その死にあずかるバプテスマによって、彼と共に葬られたのである。それは、キリストが父の栄光によって、死人の中からよみがえらされたように、わたしたちもまた、新しいいのちに生きるためである。もしわたしたちが、彼に結びついてその死の様にひとしくなるなら、さらに、彼の復活の様にもひとしくなるであろう。わたしたちは、この事を知っている。わたしたちの内の古き人はキリストと共に十字架*につけられた。それは、この罪のからだが滅び、わたしたちがもはや、罪の奴隷となることがないためである。それは、すでに死んだ者は、罪から解放されているからである。もしわたしたちが、キリストと共に死んだなら、また彼と共に生きることを信じる。キリストは死人の中からよみがえらされて、もはや死ぬことがなく、死はもはや彼を支配しないことを、知っているからである。なぜなら、キリストが死んだのは、ただ一度罪に対して死んだのであり、キリストが生きるのは、神に生きるのだからである。このように、あなたがた自身も、罪に対して死んだ者であり、キリスト・イエスにあって神に生きている者であることを、認むべきである。だから、あなたがたの死ぬべきからだを罪の支配にゆだねて、その情欲に従わせることをせず、また、あなたがたの肢体を不義の武器として罪にささげてはならない。むしろ、死人の中から生かされた者として、自分自身を神にささげ、自分の肢体を義の武器として神にささげるがよい。なぜなら、あなたがたは律法の下にあるのではなく、恵みの下にあるので、罪に支配されることはないからである。
それでは、どうなのか。律法の下にではなく、恵みの下にあるからといって、わたしたちは罪を犯すべきであろうか。断じてそうではない。あなたがたは知らないのか。あなたがた自身が、だれかの僕になって服従するなら、あなたがたは自分の服従するその者の僕であって、死に至る罪の僕ともなり、あるいは、義にいたる従順の僕ともなるのである。しかし、神は感謝すべきかな。あなたがたは罪の僕であったが、伝えられた教の基準に心から服従して、罪から解放され、義の僕となった。わたしは人間的な言い方をするが、それは、あなたがたの肉の弱さのゆえである。あなたがたは、かつて自分の肢体を汚れと不法との僕としてささげて不法に陥ったように、今や自分の肢体を義の僕としてささげて、きよくならねばならない。あなたがたが罪の僕であった時は、義とは縁のない者であった。その時あなたがたは、どんな実を結んだのか。それは、今では恥とするようなものであった。それらのものの終極は、死である。しかし今や、あなたがたは罪から解放されて神に仕え、きよきに至る実を結んでいる。その終極は永遠のいのちである。罪の支払う報酬は死である。しかし神の賜物は、わたしたちの主キリスト・イエスにおける永遠のいのちである。
* バプテスマ キリスト教の入信儀礼である洗礼の意。水の中に沈められることで古い自分が死に、キリストと共に神の新たな命に生まれることを象徴する。
* 十字架 ローマ帝国で反逆者や奴隷の重罪人に対して行われた処刑法。十字に組んだ木に罪人の手足を釘で固定し長時間さらすため、最も残酷かつ侮蔑的な方法とされた。
『口語訳聖書 1954年/1955年改訳』(⽇本聖書協会)
※注釈は世界メシア教によるもの。