教主様と真明様 ── 明主様のみ心をお受けして ── 17

教主様と真明様 ── 明主様のみ心をお受けして ── 17

「明主様、苦しみは確かに救いだと認めます」   《明主様》 病気だとか苦しみだとかいろんな事がありますがね、それが救いなんですよ。要するに苦しみってのは救われる事ですよ。(1949年4月4日 御講話)  ...
明主様と聖書 19

明主様と聖書 19

〔明主様〕 今度は何処かと言うと、九州です。未だ時期が来ませんが、いずれ九州に地上天国が出来るのです。其次が支那に出来るのです。それからエルサレムです。あそこでお終いです。ですから西へ西へと行くわけです。エルサレムに地上天国が出来た時が、世界の地上天国の初めになるのです。それからが世界が統一されるのです。「御講話」1952年10月18日   〔聖書〕...
明主様の御歌と聖言

明主様の御歌と聖言

九月度月次祭 2021年9月1日 御歌 牢獄を己が作りて己が身を抛げ込む愚かな人の多かり いと小さき声きこゆるも大いなる言霊入らぬ人の耳かな 水晶の世界となれば如何ならん隠し事とて表はるるなり いとやすき神の真道をよそにしてなやみつづくる人の愚かさ 地獄への道も天国への道も選ぶがままのこの世なりける   聖言 観音信仰 (昭和二十四年四月二十日)...
教主様と真明様 ── 明主様のみ心をお受けして ── 17

教主様と真明様 ── 明主様のみ心をお受けして ── 16

「悪人は片っ端からひねります」   《明主様》 斯ういう事をかくと、明主様は宗教家に似合わず、寔に無慈悲なように思うかも知れないが、神様からいうとそれでいいのである。本来神様の御心というものは、善は飽く迄も御助けになるが、悪は寸毫と雖も容赦されないのである。…という訳で私は世の中の悪人という悪人は、片ッ端からひねる方針にしている。之が生きた宗教家の在り方と思うからである。(1952年2月20日 悪人をひねる)  ...
明主様と聖書 19

明主様と聖書 18

〔明主様〕 数千年間の、夜の世界に呼吸して来たので、其罪穢による、汚濁の堆積であると思うより外はないのである。即ち、夜の暗黒に相応した人間であるから、今日迄はいい様なものの、若し是等の人が、赫々たる太陽の光明に照らされたとしたならば、一体どうなる事であろう。想像するだに慄然とするのである。例えば、暗黒内に棲息した黴菌を、太陽の光に晒したら、どうなるであろう。… 罪穢に充ちた身体は、崩壊するより致し方がない。黴菌が、太陽の光に死滅する様にである。昭和10年ご執筆、昭和11年1月21日の御講話でご発表「三千世界の大清算...
明主様の御歌と聖言

明主様の御歌と三代様お言葉

世界メシア教 祖霊大祭 2021年8月1日 御歌 世に勝てるメシアはいともはればれと西の都に入らすよき時 東方の光はひろぎひろごりて西の涯まで照しゆくらん イスラエルの民も歓呼の声挙げむあくがれ待ちし真のメシアに   三代様お言葉 御講話 昭和五十九年十二月二十二日...
明主様の御歌と聖言

明主様の御歌と二代様お言葉

七月度月次祭 2021年7月1日 御歌 信仰の真髄こそは礼節を守るにありと知れよ信徒 現し世の乱れを釐し順序ある御代打樹てむ我が望みかな 弥固き真の道を歩む身は如何ならん世のくるも懼れじ 二代様お言葉 御講話 昭和三十四年三月二十三日 今度、私の指導する線と明主様の指導された線とが、食い違っているということを聞いたことがあるのですが、これは大変な間違いであります。...
明主様と聖書 17

明主様と聖書 17

〔明主様〕 バイブルに曰く、「爾世界を得るとも、生命を失わば奈何せんや」と。宜なる哉。此の言や実に永劫の真理なり。   〔聖書〕...
明主様の御歌と聖言

明主様の御歌と聖言

世界メシア教 地上天国祭 2021年6月12日   御歌 光和め塵に同こり応身の弥勒の神業はやすみにける 和光同塵応身の業やうやくにすみにけらしも夢の如くに 千早振神の御代とぞなりにける御仏の世のはやすみければ 旧き殻脱けんとなして天地は今大いなるなやみにありけり 畏くも応身の衣かなぐりて起たむメシアのいさぎよきかも   聖言 御講話 昭和二十九年三月一日...