教主様と真明様 ── 明主様のみ心をお受けして ── 19

教主様と真明様 ── 明主様のみ心をお受けして ── 19

「『地上天国』とは霊肉共に歓喜に浸る天国人」   《 明主様 》 観音教団の主なる目的が地上天国建設というドエライ宣言で、気が小さい人は吃驚なさる事と思います。然し決して法螺でない事は請合います。此世知辛い地獄の如な娑婆世界に霊肉共に歓喜に浸り、天国の如き生活をしているわが団員であります。此天国人が段々殖え世界大になった時、それが地上天国でなくて何でありましょう。 容易い哉地上天国建設。1948年9月「地上天国」   《 教主様...
教主様と真明様 ── 明主様のみ心をお受けして ── 19

教主様と真明様 ── 明主様のみ心をお受けして ── 17

「明主様、苦しみは確かに救いだと認めます」   《明主様》 病気だとか苦しみだとかいろんな事がありますがね、それが救いなんですよ。要するに苦しみってのは救われる事ですよ。(1949年4月4日 御講話)  ...
教主様と真明様 ── 明主様のみ心をお受けして ── 19

教主様と真明様 ── 明主様のみ心をお受けして ── 16

「悪人は片っ端からひねります」   《明主様》 斯ういう事をかくと、明主様は宗教家に似合わず、寔に無慈悲なように思うかも知れないが、神様からいうとそれでいいのである。本来神様の御心というものは、善は飽く迄も御助けになるが、悪は寸毫と雖も容赦されないのである。…という訳で私は世の中の悪人という悪人は、片ッ端からひねる方針にしている。之が生きた宗教家の在り方と思うからである。(1952年2月20日 悪人をひねる)  ...
教主様と真明様 ── 明主様のみ心をお受けして ── 15

教主様と真明様 ── 明主様のみ心をお受けして ── 14

「明主様、あなたとイエスには絶対に霊的連携があります」   《明主様》 余を以てキリストと比較検討された事は近来の快事というべきである。之に対し余は謙遜的否定もせず、自讃的肯定もせず、只時の判定に委すのみである。 兎に角、キリストは天国は近づけりといい、余は天国を樹立するというにみて、そこに二千年の時を矩って、何等かの霊的連繋ある事は否定出来ないであろう。(1950年1月25日 序文 基督と自観師)  ...
教主様と真明様 ── 明主様のみ心をお受けして ── 15

教主様と真明様 ── 明主様のみ心をお受けして ── 13

「私たちは、神様と宗教を隠しません。」   《明主様》 私の口から言うのは可笑しいですが、終戦迄は宗教的な事は何にも出来なかったのです。日本浄化療法という民間療法で漸く仕事をしていたわけです。それが終戦になった為に信教の自由が許されるという様なわけで、宗教的な運動も出来る様になり、今日の様に発展し、〝アメリカを救う〟という本も出せる様になった(1952年10月20日 御講話)  ...
教主様と真明様 ── 明主様のみ心をお受けして ── 11

教主様と真明様 ── 明主様のみ心をお受けして ── 11

「貫く」   《明主様》  正義を貫き通すという事で、そこが偉いのです。…何故と言って、正義というのは神様が擁護するからです。如何にしても、結局失敗してしまいます。ですから私が今までいろいろ闘ったり酷い目に遭ったが、正義を守って一歩も退かないから、結局だんだん勝ってゆくのです。ところが正義というのは、一時悲惨な目に遭うから都合が悪いのです。丁度人間と同じで、熱冷しをのむと一時冷めるから、一時は良いようなものです。ところが本当の事を貫くという事は最後の勝利であるという事が分るのです。 (1953年11月25日 御講話)...
教主様と真明様 ── 明主様のみ心をお受けして ── 11

教主様と真明様 -明主様のみ心をお受けして- 10

一神にして多神   《明主様》  之から神に就ての説明をしてみるが、単に神と言っても、実は上中下の階級があり、千差万別の役目がある。神道にては八百万あるというが、全く其通りで、今日迄神といえば、キリスト教的一神教と、神道的多神教のどちらかであった。併し両方共偏った見方で、実は独一真神が分霊して多神となるのであるから、一神にして多神であるというのが本当である。 (1950年11月20日「本教の誕生」)   《教主様》...