教主様と真明様 -明主様のみ心をお受けして- 5

教主様と真明様 -明主様のみ心をお受けして- 5

まず、天国に 《明主様》 今までの宗教は教祖が地獄に堕ちて苦しみ乍ら、人を押し上げて救うのであるが、私はその反対に自分が先ず天国に上り、不幸な人を引張り上げて救うのであって、信者にしてもその通りである。というのは天国的宗教であるからで、この様な劃期的宗教は初めて生まれたものであって、これがため以前はよく誤解されたものだが、今日は大分判って来たようで、私は満足に思っている。 (1953年12月9日「私の文章とその他」)   《教主様》...
教主様と真明様 -明主様のみ心をお受けして- 5

教主様と真明様 -明主様のみ心をお受けして- 3

神は、有る 《明主様》 人間は神を認めて、神様が見通しだという事を知ればそれでよいのです。他の事は別に必要ないです。それが、ややこしい、“ああしろ、こうしろ”と言っているだけでは何んにもならないです。肝腎な「神が有る」という事を唱える人は本当にないのです。そういう事を言うのは救世(メシヤ)教だけなくらいでしょう。他の宗教でもそういう事は言っていませんから。 ( 1954年3月15日『御教え集』31号)   《教主様》...
教主様と真明様 -明主様のみ心をお受けして- 2

教主様と真明様 -明主様のみ心をお受けして- 1

愛とは 《 明主様 》  愛にも神の愛と人間の愛とがある。すなわち神の愛は大乗愛であるから、無限に全人類を愛するが、人間愛は小乗愛であるから、自己愛や自分の仲間、自己の民族だけを愛するという限定的であるから結論は悪になる。この意味が分かったとしたら信者たるものは何事に対しても、大乗でゆかなければならないわけで、すなわち神の愛をしっかり胸に畳んでお取り次ぎすることで、必ず好結果をもたらすに決っている。 (1951年11月25日「大乗たれ」)   《 教主様 》...